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「ですが、私のような新入りが魔界でうまくやっていけるか自信がありません。そこで、しばらく地上で実績を作ってから魔界に行くのです」
「実績?」
羽卯が聞き返すと、少女は薄い胸を更に張ってふふんと鼻を鳴らした。
「ご存じではないですか? 悪魔の仕事は人間を誘惑して悪の道に引きずり込むことなのです。そうして死んだ後に魂を頂くのです」
ああ、確かにそんなことを聞いたことがある。単なる伝説だと思っていたが、本当のことだったのか。
「都合よく目の前にはカモになりそうな人間がいるのです」
少女が羽卯を値踏みするように上から下まで眺め回しつつ言った。
「……」
「ど、どうしてそんな呆れたような目で私を見るのです?」
羽卯の憐れむような視線に晒され、自称悪魔の少女が途端に困った表情でおろおろし始めたものだから、たっぷり時間をかけて深い溜息をついた後、ゆっくりと諭すように言った。
「あのね、悪魔だとか魂を取るとか目の前で言われて、うかうかと引っかかる人間はそうそういないと思うわよ」
少女は、ガーンという擬音語が文字になって見えそうなくらいはっきりとショックに打ひしがれた表情を浮かべ、両手と両膝を砂浜について項垂れた。
「不覚です。私としたことが……」
見た目が純真無垢な少女だけに、羽卯が何か悪いことでもしたような気分になってしまう。が、相手は自称とは言え悪魔。それすらも計算のうちかもしれない。だとすれば、慰めるような言葉をかけるのも危険な気がする。
羽卯がどうしたものかと対応策を考えているうちに、少女は突然起き上がり、ガッツポーズでも取るように握りしめた両の拳をぐっと構えた。
「こんなことで挫けていてはダメなのです。立派な悪魔になれないのです」
「……」
自分にとって最善の対応は、少女が打ちひしがれているうちに黙って立ち去ることだったかもしれない。今にも海に向かって叫びだしそうな少女を眺めながら、羽卯はそう思った。
だから、少女がエメラルドグリーンの瞳を怪しく光らせ、ニヤリと微笑みながらこちらを振り返った時、「ひっ」と小さく叫んで後ずさらずにはいられなかった。
「というわけで、そこの見るからに欲求不満なお姉さま」
いきなり失礼な物言いだった。
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