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「涼子さん、そのようなことを仰るのはおやめいただけませんか。航太郎さんはそのような方ではございませんよ」
言葉遣いこそ柔らかく丁寧なものだが、声音には涼子の態度に対する不満が滲み出ていた。航太郎に対して好印象を強めたばかりの和水には仕方のないことだろう。
怒りを露わに、と言うほど強いものではなかったが、涼子には十分効果があったようで、血相を変えて頭を下げ始める。
「申し訳ございません! そのようなつもりで申し上げたわけではないのです。あの者にはどこか鈍そうなところがございますゆえ、何かお嬢様に対してご無礼があったのではないかと気がかりでしたもので……」
平身低頭そのようなことを言っている涼子を見て、和水は思わずクスリと笑ってしまった。まるで航太郎の保護者にでもなったような言いようではないか。和水が心配していたほど涼子は航太郎を嫌っているわけではないらしい。
むしろ航太郎との距離は意外に近いのかもしれない。少しだけ気に入らなかった。
「そのようなことはございませんでしたよ。私の酷い料理を、失敗作と承知の上で食べてくださいましたもの」
「左様でございますか。それはようございました」
あからさまにホッとしている涼子の様子はやっぱり少し面白くなかった。が、涼子に言うべきことを思い出して和水はすっと頭を下げる。
「そうでした。涼子さんにもお詫びを申し上げなくては。あのようなお弁当を持たせてしまって申し訳ございませんでした。とても食べられなかったでしょう?」
「いえ、ありがたく頂きました。お味のほうは……そうですね、もう少し練習なさったほうがよいところもございましたけれど。今後はあまり無茶をなさらないでくださいませ」
何故か嬉しそうな涼子の言葉に和水は「ええ」と頷いた。
「さ、まずはお上がりになってお着替えください。いつまでもこんな所で制服のままでいることもございませんでしょう」
涼子に促されるまま、靴を脱いで玄関から上がった。廊下を歩いていく後ろを涼子がついて来る。自室の障子戸を開けたところで、涼子が思い出したように懐に手を入れた。
「忘れるところでした。お嬢様にお手紙が届いておりました」
そう言って渡されたのは、一通の封書だった。
和水が受け取って確かめると、封筒には確かに和水の名前が宛先として書いてあるが、住所は記されていない。切手も貼られていないから、郵便受けに直接投函されたものだろう。差出人の名も書かれていなかった。
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やっぱり「true tears」が鬱な展開(林原的視点)に。次回タイトルが眞一郎へのセリフなら希望も持てるのですが、やっぱり相手は石動兄ですよね? はぁ……。

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