己の意志の弱さと戦いながら細々と小説書いてます、たぶん。

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林原悠

Author:林原悠
林原悠の煩悩世界」管理人

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坊主憎けりゃ……

電車の同じ車両に袈裟を着た男性が座っていました。お坊さんですね。しかし、これが極めて感じ悪いのです。

そのお坊さんは足を組んで斜めに座り、悠々と2人分の座席を独占していました。電車自体はそれほど混んでいるというわけでもなかったので、それが高校生だったらちょっと行儀が悪いと思うくらいだったでしょうし、普通のおっさんだったら昼間っから酔っ払ってんのかと眉をひそめる程度だったでしょう。

しかし、お坊さんですよ。正直な話、公共の場でだらしなく腰掛けたその姿には聖職者の威厳は微塵にも感じられません。ああいうのを生臭坊主と言うんでしょうね。下手すりゃ偽坊主なんじゃないかとさえ思ったくらいです。

小説やマンガには、一見ぶっ飛んだ、実は徳の高い神父や僧侶がしばしば登場しますが、そういうのは基本的にフィクションの中だけの存在です。公衆の面前で醜態さらす坊さんに徳などないでしょう。

聖と俗は対になって用いられますが、聖職者は時として世俗に生きる一般人以上の俗物となることがあります。宗教が力を持って腐敗すると特にそういう傾向が強まるものです。宗教改革以前のカトリック教会の有り様がそれを如実に語っています。日本の場合、歴史的には仏教にそういう傾向があるようです。

もちろん、全部がそうだと言うつもりはありません。曾祖母が亡くなった時に初めてお会いした地元(熊本)のお寺の住職は、お説教の語り口といい、人柄といい、尊敬できる方だったのを覚えています。

宗教は一般に道徳を伝える存在です。聖職者はその代表なのですから、世俗の民の規範となる存在であるべきです。宗教法人に特権が与えられていることの意味をよく考えて欲しいものです。

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